東京地方裁判所 平成11年(ワ)20429号 判決
原告 A
右訴訟代理人弁護士 原口紘一
被告 石田武臣
右訴訟代理人弁護士 高本國雄
同 三角信行
同 木田卓寿
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、一七二七万五九〇〇円及びこれに対する平成一一年九月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 本件は、原告が、弁護士である被告に対し、委任契約上の債務不履行あるいは不法行為に基づき、損害賠償及びこれに対する訴状送達の日の翌日からの遅延損害金を請求する事案である。
二 争いのない事実等(以下の事実は、当事者間に争いがないか、当裁判所に顕著であるか、末尾括弧内掲記の証拠により容易に認められる。)
1 原告は、弁護士である被告及び戸舘弁護士に対し、平成二年、B(以下「B」という。)との離婚に関して訴訟委任をし、これに基づき提起された訴訟(千葉地方裁判所平成二年(タ)第四一号事件 以下「前件訴訟」という。)において、平成三年三月二九日、次のとおり、裁判上の和解(以下「本件和解」という。)が成立した(甲1、乙6)。
(一) 原告とBは、本日(平成三年三月二九日)協議離婚することに合意し、原告は、離婚用紙二通に署名捺印のうえ、その届出をBに託し、Bは速やかにその届出をする。
(二) Bは、原告に対し、本日離婚に伴う慰謝料として別紙物件目録記載一ないし五の不動産(以下「本件各物件」という。)を株式会社三菱銀行五香支店に対する借入金債務合計二億八八四四万二四六五円(当座貸越二億円、証書貸付八八四四万二四六五円)の返済債務の負担付きで譲渡する。
(三) Bは、原告に対し、本件各物件の所有権移転登記手続に必要な一切の書類(登記済権利証、印鑑証明書三通、委任状三通)及び前項の借入金債務に関する残高証明書を引渡し、原告は、本和解成立後遅滞なく、株式会社三菱銀行五香支店に対し、前項の借入金債務を重畳的に引き受けた旨の通知を発送するとともに、以後、株式会社三菱銀行五香支店との間で必要な手続をとる。
(四) 原告は、右(二)により引き受けた借入金債務については、原告の責任において支払い、Bには何らの迷惑、負担をかけない。
(五) 原告が右(二)の株式会社三菱銀行五香支店に対するBの分割弁済金の弁済を三か月分以上遅滞したときは、Bは、催告等を要しないで、原告に対する右(二)の譲渡契約をいつでも解除することができる。
(六) 原告は、本件各物件を可及的速やかに、原告の責任において売却処分するものとし、その売却代金から右(二)の借入金債務並びに右売却に係る譲渡所得税及び地方税その他譲渡の諸経費を差し引いた残金が二億円を超えたときは、その超過額を原告が売却代金を受領した日から七日以内に、Bに交付する。
(七) Bは、原告が本件各物件の売却処分に当たり、右(三)の所有権移転登記手続を省略して、被告から直接第三者に所有権移転登記をする方法(いわゆる中間省略)による登記を希望したときは、原告又はその指定した者に対し本件各物件の売却に必要な委任状を交付するなど売却手続に支障のないよう協力するものとし、その場合、原告は、本件各物件の売却に関わる譲渡所得税及び地方税相当分は、その納付を完了するまで、原告訴訟代理人(被告等)及びB訴訟代理人の両名に寄託し、右両名代理人は、右寄託金を金融機関に預金し、税金納付日に納税するものとする。
(八) 原告は、Bに対し、平成三年四月三〇日までに、B所有に係わる別紙動産目録記載の動産を引き渡す。
2 Bは、同年三月二九日、戸舘弁護士に対し、本件和解に基づき、本件不動産の登記済権利証、印鑑証明書三通、委任状三通を交付した。
3 別紙物件目録記載一ないし三の物件(以下「東久留米の物件」という。)について、同年六月二一日付けで、同年三月二九日財産分与を原因とする原告への所有権(B持分全部)移転登記がなされた。
4 平成四年三月一六日受付で、東久留米の物件について、みなし譲渡税が納税できないことから、右所有権移転登記について錯誤を理由とする抹消登記手続がなされた。
5 原告訴訟代理人は、原告から委任を受けて、平成九年一一月一三日、Bを被告として、当庁八王子支部に東久留米の物件及び別紙物件目録記載四の物件(以下「那須の物件」という。)についての所有権移転登記手続請求訴訟(以下「別件訴訟」という。)提起し、Bが欠席したために、平成一〇年一月二八日、請求認容判決がなされた(甲11、12)。
6 Bは、右判決に対し、控訴し、控訴審において、原告から被告に対して訴訟告知がなされた(甲13ないし15)。
7 別件の控訴審において、平成一一年六月二四日、次のとおり、和解が成立した(甲16)。
(一) 利害関係人有限会社テイク・オフが東久留米の物件及び那須の物件を五九八〇万円でBから買い受ける。
(二) 原告からBに対し、前件訴訟の和解条項不遵守により生じた紛争の解決金として七〇〇万円を支払う義務があることを確認し、同和解の席上右金員の授受がなされた。
8 本件の訴状は、同年九月二四日、被告に送達された(当裁判所に顕著)。
三 争点
1 被告の債務不履行あるいは不法行為の有無
(原告の主張)
(一) 納税確保措置義務違反
東久留米の物件について原告への財産分与を原因とする所有権移転登記手続をすることは本件和解で定められた方法と異なる手段によることになるから、Bの了解を得て行うべきであり、その了解を得ずに売却処分用に預かっていた同人の委任状と印鑑証明書を無断流用して右登記手続を行うのであれば、被告としては、委任契約に基づき、本件和解において定められた代理人の義務として、原告からみなし譲渡税の納税に必要な資金相当額を預かり、かつ、預り証明をB代理人に報告するなど右みなし譲渡税納税のために必要な資金を確保する措置をとるべき義務を負っていたにもかかわらず、原告から「実父が立替払してくれることになったので何の心配もない。」との話を聞いただけで、右資金確保のための措置をとらなかった。
(二) 本件抹消登記手続後の適切な手当てを講ずることを怠ったこと
被告は、右(一)記載のとおり、東久留米の物件について、本件和解で定められた以外の登記をBに無断で行い、かつ、同登記について錯誤を原因とする抹消登記手続を行ったのであるから、委任契約、弁護士法一条二項及び弁護士倫理四条に基づき、原告に対する新たな所有権移転登記を可能ならしめるよう適切な手当てを講ずべき義務を負っていたにもかかわらず、Bから再度印鑑証明書交付を受けることが困難であるとの認識を有していながら、何らの措置もとらずに放置した。
(三) 東久留米の物件を「可及的速やかに売却処分する」ことを怠ったこと
(1) 被告は、委任契約に基づき、本件和解で定められた訴訟代理人としての義務として、東久留米の物件を「可及的速やかに売却処分する」義務を負っていたにもかかわらず、平成八年ないし九年になっても、売却努力をしなかった。
(2) 右当時、東久留米の物件について、BKYの賃借期間は平成八年一一月三〇日までであり、遅くとも同年一二月以降は売却できたのであり、また、一か月一〇〇万円の賃料収入が確保されているのであるから、売買代金次第では銀行金利よりも有利となるので、賃貸物件として賃借人入居のままで売却することも可能であった。
(四) 引継ぎ時の説明、事後協力の拒絶
(1) 被告は、依頼者の意思による他の弁護士への事件の引き継ぎに際し、弁護士倫理四四条、四六条、四七条に基づき、誠実な事情説明と事後協力をすべき義務があるにもかかわらず、東久留米の物件についての財産分与を原因とする原告への所有権移転登記の抹消登記手続の経緯及び新たな所有権移転登記手続をするための手はず等についての原告訴訟代理人からの質問に回答することを拒絶し、突然段ボール箱に雑然とした資料を原告訴訟代理人の事務所に送りつけただけであった。
(2) 原告訴訟代理人が、東久留米の物件の所有権移転について原告から委任を受けたのは平成九年五月ころであり、Bに話し合いを申し入れる手紙を出したのが同月二六日であり、Bから被告に話を聞いてくるのが先であろうと言われ、被告に電話をしたのが同年六月ころであった。その際、原告訴訟代理人が「登記簿上から見ると弁護過誤とも見られかねない事案なので詳しくご説明をお聞きしたい。」と尋ねたに対し、被告は「私が弁護過誤をしたと言うのか。」と一方的に激昂し、説明を拒絶した。そのため、原告訴訟代理人が質問状を出したのが同年七月一五日であり、被告からの回答があったのが同月二二日であり、その後に、段ボール箱での資料の送付があったのであるから、同年三月ではなかったのは明らかである。
(被告の主張)
(一) 納税確保措置義務違反について
(1) 本件和解では、原告が第三者に本件各不動産を売却し、かつ、原告が中間省略登記の方法による登記手続を希望したときに、Bが右登記手続に協力しなければならず、また、その場合に不動産譲渡税及び地方税の納税に必要な金員について、前件訴訟の原告訴訟代理人である被告らが所定の確保措置をとるべきことを合意しているにすぎず、平成三年六月当時において第三者に売却されていなかった東久留米の物件に関して、被告に、本件和解に基づき納税に必要な資金を確保する措置をとるべき義務はない。
(2) 右当時、被告は、原告から、東久留米の物件に関し、保管中のBの印鑑証明書の有効期限切れを目前にして、財産分与を原因とする原告への所有権移転登記手続を行い、平成四年三月中旬に概算三〇〇〇万余円のみなし譲渡税を納税する方法をとるか、それとも、右所有権移転登記手続をせずに、将来Bに登記名義変更手続への協力を求めるかについての相談を受け、これについて、みなし譲渡税の仕組み及びその概算額等を伝え、財産分与による所有権移転登記をするのであれば、納税資金を準備しなければならない旨説明した上、右両方法の利害得失を説明するとともに、いずれの方法を選択するかに当たり原告の実父とよく相談するよう助言した。その結果、原告は、同月二〇日ころ、みなし譲渡税について実父からの援助を受けられるとして、財産分与を原因とする原告への所有権移転登記をすることを選択し、被告に右所有権移転登記手続について委任した。右当時、東久留米の物件に関して被告が原告から委任を受けたのは右事項以外になく、右委任契約には、被告において、平成四年三月に原告が納税すべき右物件に関するみなし譲渡税の納税資金を確保すべき義務を負うとする合意はなされていない。
(二) 本件抹消登記手続後に適切な手当てを講ずることを怠ったことについて
(1) 被告は、平成四年二月下旬ころ、原告から、実父が東久留米の物件のみなし譲渡税の立替払をしてくれないのでどうすればよいかとの相談を受け、原告に対し、右みなし譲渡税を納税しないと年一四パーセントの延滞税が加算される、これを免れるには錯誤を原因として原告への所有権移転登記の抹消登記手続をするほかない、その場合には、将来、Bから印鑑証明書の交付を受けるのは困難であり、訴訟を余儀なくされる可能性が高いと説明し、実父から立替払いの援助を受けられるように再度努力するよう助言した。しかしながら、原告は、被告に対し、同月末ころあるいは同年三月初めころ、実父の説得ができないので抹消登記手続をするほかないから、その準備を進めるよう連絡をし、同月一六日ころ、右抹消登記手続について委任し、これを受けた被告が同手続をした。
(2) 被告は、右抹消登記手続に際し、事前に、前件訴訟のBの訴訟代理人であった柏原弁護士に対し、小田原の物件の売却代金は大部分をBの三菱銀行からの借入金債務の返済に充当したため、売却していない東久留米の物件のみなし譲渡税の納税準備ができなくなったため、抹消登記手続をすること、従って、税務申告の内容が予定と異なるようになったことを連絡し、将来、必要に応じてBから印鑑証明書を交付させるよう助力してほしい旨求め、柏原弁護士から、被告に対し、抹消登記手続についてはやむをえないものと了解する、税務申告の資料が担当税理士に送付するよう求める、印鑑証明書の交付については約束できない旨の回答を得ていた。
(3) 以上のとおり、被告は、右当時の原告の置かれた状況のもとで取りうる方法の利害得失を検討して、原告に対し、説明助言をしたものである。
(三) 東久留米の物件を「可及的速やかに売却処分する」ことを怠ったことについて
(1) 原告は、平成四年ころから平成一〇年ころまで、月一〇〇万円の家賃収入を得て、東久留米の物件をBKYに賃貸し、かつ、その建物の二階の一部を自宅として使用していたのであって、障害者団体の作業所としての賃貸の実績を重ね、市役所に福祉施設として買い上げてもらうよう働きかけるとの考えで行動しており、それ以外の第三者に売却処分する考えは全くなかった。
(2) 原告は、平成四年ないし平成八年ころまで、東久留米の物件の売却処分についての相談のために被告の事務所を訪れたり電話をかけてきたりしたことはなく、被告に相談したのは、BKYとの賃貸借契約の継続更新についてだけである。
(3) 原告は、被告を排除して、原告訴訟代理人を新たに選任した平成九年二月の直前においても、東久留米の物件について、民間の第三者への売却処分の検討を被告に相談したり、売却のための具体的準備行動の助力・助言を依頼したり、売却のための手段を講じるように被告に依頼したことはなかった。
(四) 引継ぎ時の説明、事後協力の拒絶について
(1) 原告は、平成九年二月ころ、被告に対し、原告が高い銀行金利による返済に苦しんでいることを知って、原告の次男の結婚相手の父親から、同人の経営するテイク・オフという名の会社によれば低利で借り入れることができるが、そのためには東久留米の物件を同社が買い受けた形式をとる必要がある、この方式で数年間東久留米の物件を保持して時期を見て売却すればよいとの申入れがあり、原告としては、その申入れに応じたい、同社には原口という顧問弁護士がいるので、同人に訴訟記録と資料類を渡したいので、それらを持ち帰りたいとの説明要請があった。
被告は、右要請を了解するとともに、<1>権利証書等の最重要書類は直接原告に渡すので、原告が持ち帰り保管する、<2>事件の引継ぎのためには、資料を引き渡すのと同時に、新たに担当する弁護士に対して説明をした方がよいので、原口弁護士にその旨を伝え、早急に被告宛に連絡して欲しい、<3>その他の訴訟書類と資料類は、段ボール一箱分の数量であるので、原告が自分で持ち帰るよりも、原口弁護士の事務所に宅配便で送ることが適切と考えると原告に言った。原告は、<1>ないし<3>について了承し、<2>については、原口弁護士に伝えると答えた。そこで、被告は、権利証書等の最重要書類を原告に引き渡し、訴訟記録と資料類は、数日後に整理をした上、段ボール箱に詰めて原口弁護士の事務所に宅配便で送った。
(2) 原告訴訟代理人は、被告が右書類を送付した平成九年三月ころから同年六月まで、被告に対し、全く問い合わせをせず、同年六月に被告の事務所に電話をかけてきたときには、本件和解条項の不備、戸舘弁護士がみなし譲渡税を知らなかったに違いない等と述べて、戸舘弁護士の弁護過誤の主張を続けた。その後、被告は、同年七月の原告訴訟代理人からの書面による照会に対し、回答したが、同年八月の照会については、回答しなかった。
(3) その後、被告は、平成一一年一月ころまで、原告訴訟代理人から何の連絡も受けず、同月、別件の訴訟告知書が送付されてきたが、原告及び原告訴訟代理人から何らの協力要請も事情の説明もなかった。
2 損害
(原告の主張)
原告は、右1(原告の主張)記載の行為によって、次の損害を受けた。
(一) Bに支払った解決金相当額 七〇〇万円
(二) 東久留米の物件の譲渡所得税及び地方税相当額 三四三万五三〇〇円
(三) 東久留米の物件の不動産所得税 六八万〇六〇〇円
(四) Bとの間の訴訟の費用 三三六万円
弁護士着手金 一〇〇万円
報酬金 二〇〇万円
手数料等 三六万円
(五) 本訴訴訟費用 一八〇万円
弁護士着手金 六〇万円
報酬金 一二〇万円
(六) 慰謝料 一〇〇万円
(被告の主張)
(一) 原告主張の(一)は、被告の行為とは無関係に支出されたものであり、相当因果関係がない。
(二) 同(二)、(三)はもともと原告が負担すべきものである。
(三) 同(四)は、原告がその権利を実現するために必要な費用であり、原告の負担すべきものである。着手金及び報酬金は高額に過ぎ、手数料等はBに負担させるべきであったのを原告において請求することを放棄したものである。
(四) 同(五)は、本件訴訟が不当な訴訟提起であり、また、その額についての立証もされていない。
第三争点に対する判断
一 前記争いのない事実等に加え、証拠(甲4、5の1・2、6、7の1・2、8、18、21ないし26、27の1ないし3、29ないし36、乙16ないし18、22ないし27、28の1・2、29、31ないし36、39、43、証人杉田代志治、同柏原晃一、原告本人、被告本人(但し、甲29及び被告本人は後記採用できない部分を除く。))及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
1 平成三年四月上旬ころ、被告は、原告を被告事務所に呼び、本件和解について説明したところ、原告から、東久留米の物件の一部をクリーニング屋の白江という人に貸しているが、立ち退かないと言われているとの話が出て、被告と戸舘弁護士が委任を受け、そのころ、被告及び戸舘弁護士が右白江に対し明渡しを求める通知書を送付し、その後、戸舘弁護士が交渉し、同年一一月に立退料一〇〇万円を支払うことで白江を立ち退かせた。
2 同年四月二三日、別紙物件目録記載五の不動産(以下「小田原の物件」という。)について、原告の代理人である被告と和幸商事株式会社との間で代金二億七〇〇〇万円で売買する旨の合意が成立し、国土法所定の届出をした。約一か月後、不勧告の通知が出され、同年五月二七日ころ、売買契約書が調印された。しかしながら、Bが同月ころ、小田原の物件の庭木の一部を引き抜き、茶室の造作を損傷等したため、買主側から代金の減額を要求され、交渉が同年六月二一日まで続き、同日、原告の代理人である被告、買主及び仲介業者との間で、代金額を一三〇〇万円減額するとともに、売主である原告がその六〇〇万円を負担することにし、仲介料から七〇〇万円を調整金とする旨合意され、右売買契約の代金の支払と所有権移転登記手続がなされた。
3 同月二五日に、同年三月二九日にBから交付を受けた印鑑証明書は、同年六月二五日に発行日から三か月を経過することになっていた。
4 同年六月上旬ころ、被告は、原告に対し、小田原の物件について譲渡所得税を納税しなければならないことを説明し、また、東久留米の物件について、右2のとおり、登記手続にBの印鑑証明書を使用できる期限が来るので、財産分与を原因とする原告への所有権移転登記手続をするかどうかについて検討し、その際、右登記をした場合には、みなし譲渡税を納税しなければならないことや同税の仕組み及びその概算額等を説明するとともに、小田原の物件の売却代金からそれらの税の資金を確保するか、それとも三菱銀行からの前記借入金の返済に充てるかを選択するように求め、後者の場合であれば、平成四年三月までに別途納税資金を確保する必要があるから、父親と相談するように申し向けた。これに対し、原告は、納税資金は父親から借りることになったので、三菱銀行への前記借入金の返済に充てることを求めた。
5 同月二一日、小田原の物件の売却代金二億五七〇〇万円及び調整金七〇〇万円の合計額二億六四〇〇万円から、三菱銀行に対する前記借入金の返済として二億円を返済する手続がなされた。また、東久留米の物件について、財産分与を原因とする所有権移転登記手続についての原告から被告への委任に基づき、右所有権移転登記手続がなされた。
6 その後、原告から被告に対し、更に三〇〇〇万円を三菱銀行に返済するとの考えが示され、同月二四日、被告は、被告の事務所において、原告とその父親の資産運用を担当していた三井信託銀行の職員杉田に対し、小田原の売却代金から被告及び戸舘弁護士への前件訴訟に関する報酬五〇〇万円、東久留米の物件の所有権移転登記の費用一二〇万円、仲介料一五〇万円、三菱銀行への右返済分二億円及び返済予定分三〇〇〇万円、残額二六三〇万円と記載した旨のメモを渡したところ、原告から三菱銀行へ更に一〇〇〇万円を返済するとの考えが示された。
7 原告は、平成四年三月の所得税の確定申告を税理士に依頼し、原告が東久留米の物件の所有権を取得したことを前提として作業がされていた。しかしながら、被告は、平成四年二月ころ、原告から、実父が東久留米の物件のみなし譲渡税の立替払をしてくれないとの報告を受け、原告に対し、みなし譲渡税を納税しないと概算三〇〇〇万余円年に一四パーセントの延滞税が加算される、これを免れるには錯誤を原因として原告への所有権移転登記の抹消登記手続をするほかない、その場合には、将来、Bから印鑑証明書の交付を受けるのは困難であり、訴訟を余儀なくされる可能性が高いと説明し、実父から立替払の援助を受けられるように再度努力するよう助言した。
しかしながら、原告は、被告に対し、同月末ころあるいは同年三月初めころ、実父の説得ができないので抹消登記手続をするほかないから、その準備を進めるよう連絡をして、同月一六日ころ、右抹消登記手続について委任し、これを受けた被告が司法書士に提出書類の作成を依頼し、同手続がなされた。
8 被告は、右抹消登記手続に先立ち、前件訴訟のBの訴訟代理人であった柏原弁護士に対し、小田原の物件の売却代金は大部分をBの三菱銀行からの借入金債務の返済に充当したため、売却していない東久留米の物件のみなし譲渡税の納税準備ができなくなったため、抹消登記手続をすること、従って、税務申告の内容が予定と異なるようになったことを連絡し、将来、必要に応じてBから印鑑証明書を交付させるよう助力してほしい旨求め、柏原弁護士から、被告に対し、税務申告の資料が担当税理士に送付するよう求める、印鑑証明書の交付については約束できない旨の回答を得ていた。そして、被告は、右求めに応じて、Bの税理士に税務申告の資料を送付した。
9 被告は、平成三年には、東久留米の物件の売却について、原告の売却希望を聞いたり、原告に不動産業者を紹介したり、原告が見つけてきた不動産業者と面談したりしていた。しかしながら、原告は、平成四年ころから平成九年ころまで、月一〇〇万円ないし九〇万円の家賃収入を得て、東久留米の物件を障害者団体であるBKYに賃貸しており、自らもその建物の二階の一部を自宅として使用していた。原告は、障害者団体の作業所としての賃貸の実績を重ね、市に福祉施設として買い上げてもらうよう働きかけるとの考えをもっていた。そして、原告が、平成四年ころから平成九年二月ころまでの間に、東久留米の物件の売却処分についての相談のために被告の事務所を訪れたり、電話をかけてきたりしたことはなく、その間に東久留米の物件について被告に対し依頼したのは、右BKYとの間の賃貸借契約の新規、変更及び更新のための契約書の作成に関するものだけであった。
10 原告は、平成九年二月ころ、被告に対し、原告が高い銀行金利による返済に苦しんでいることを知って、原告の次男の結婚相手の父親から、同人の経営するテイク・オフという名の会社によれば低利で借り入れることができるが、そのためには東久留米の物件を同社が買い受けた形式をとる必要がある、この方式で数年間東久留米の物件を保持して時期を見て売却すればよいとの申入れがあり、原告としては、その申入れに応じたい、同社には原口という顧問弁護士がいるので、同人に訴訟記録と資料類を渡したいので、それらを持ち帰りたいとの説明及び要請があった。
被告は、右要請を了解するとともに、権利証等の最重要書類は直接原告に渡すので、原告が持ち帰り保管する、事件の引継ぎのためには、資料を引き渡すのと同時に、新たに担当する弁護士に対して説明をした方がよいので、原口弁護士にその旨を伝え、早急に被告宛に連絡して欲しい、その他の訴訟書類と資料類は、段ボール一箱分の数量であるので、原告が自分で持ち帰るよりも、原口弁護士の事務所に宅配便で送ることが適切と考えると原告に言った。原告は、これらを了承し、被告からの説明の申出につき、原口弁護士に伝えると答えた。しかしながら、数日後、原告は、次男の結婚相手の父親から、引継ぎのための被告による説明は不要と言われたとして、書類の返還を求めたので、被告は、登記済証を原告に引き渡し、訴訟記録及び資料類の整理をした上、数日後に段ボール箱一箱に詰めて原口弁護士(原告訴訟代理人)の事務所に送付し、その後、同年七月ころ及び同年九月あるいは一〇月ころに送付漏れの書類をそれぞれ原告訴訟代理人の事務所に送付した。
11 原告訴訟代理人は、同年五月下旬ころ、Bに対し、東久留米の物件及び那須の物件の所有権移転登記について話し合いを求め、同年六月ころ、被告の事務所に電話をかけ、本件和解の条項の不備、被害久留米の物件についての原告への財産分与を原因とする所有権移転登記の抹消登記は戸舘弁護士がみなし譲渡税を知らなかったためになされた弁護過誤の疑いがあると告げ、応対した被告との間で険悪な雰囲気を生じたまま、電話でのやりとりが終わった。その後、原告訴訟代理人は、被告に対し、同年七月、東久留米の物件についての財産分与を原因とする原告への所有権移転登記の抹消登記手続の経緯及び新たな所有権移転登記手続をするための手はず等について照会し、これに対し、被告は、抹消登記をしたのは、原告がみなし譲渡税額の準備ができなくなったために現実に売却できたときに改めて登記をすることを希望したためである、柏原弁護士に、所有権移転登記を錯誤により抹消し、現実に売却できたときに改めて中間省略の方法による登記手続をしたいので了解していただきたい旨連絡し、これに対して、柏原弁護士から資料をBの顧問税理士に送るように指示があり、これに従い、資料を右税理士に送付した旨回答した。原告訴訟代理人は、同年八月に再度書面による照会をしたが、被告は、右照会状記載の質問事項については回答せず、訴訟による解決求めるべきである旨通知した。原告訴訟代理人は、同年一〇月、被告に対し、Bを被告として訴訟を提起する旨通知した。
12 そして、被告は、平成一一年一月ころ、別件訴訟の訴訟告知書の送達を受けたが、別件に参加することはなかった。また、原告及び原告訴訟代理人は、右平成一〇年一〇月の通知以降、被告に対し連絡や協力要請をすることはなかった。
13 被告は、平成一一年五月下旬、原告訴訟代理人に会った際、別件訴訟に証人として出廷する旨伝えたが、原告訴訟代理人は明確な返事をしなかった。
二 以上に対して、原告作成の陳述書及び原告本人尋問においては、<1>原告は、被告からみなし譲渡税の説明を受けたこともなく、<2>東久留米の物件について、財産分与を原因とする所有権移転登記やその抹消登記手続についても被告から説明を受けたことはなく、被告に一任していた、<3>その売却処分についても、原告は、売却を望んで、被告に一任し、買受希望の業者等を被告に引き合わせたにもかかわらず、被告が全く売却のための行動をとらなかった、<4>前件訴訟の資料等の返還や原告訴訟代理人への送付を依頼ないし了承したことはない旨の記載及び供述があるが、その内容及び前掲各証拠に照らせば、<1><2>及び<4>については右記載及び供述は採用できず、他に、前記認定を覆すに足りる的確な証拠はなく、<3>については、原告の記載あるいは供述する右事実は平成三年ころのことである。
三 前記争いのない事実等及び右一認定の事実を前提として、争点について判断すると、争点1(原告の主張)(一)については、東久留米の物件について財産分与を原因として原告への所有権移転登記手続をすることは本件和解に反するとは認められず、被告が同方法を原告に選択肢として提案し、原告から委任を受けて右方法による登記の手続をしたことや、原告が実父から援助を受けられるとの原告の説明を前提として、第三者への売却及び中間省略登記による場合に要求される納税資金確保等の措置をとらなかったことが直ちに原告に対する関係において弁護士としての義務に違反するとは認められず、同(二)については、右所有権移転登記の抹消登記手続を選択肢として提案したことは、みなし譲渡税の納税期限が切迫した段階において、右原告の実父からの援助の見込みがなくなったという状況のもとでの選択として不合理とはいえず、同(三)について、東久留米の物件の売却努力をしなかったとされる点は、同物件の売却が原告からの離婚に関する委任あるいは前件訴訟の委任の範囲に当然に含まれるとはいえず、また、被告が、平成四年以降、別途同物件の売却について原告から委任を受けたと認められず、また、原告としても同物件を市以外の者に売却することを求めていなかったのであるから、平成七年以降平成九年に同物件等の登記済証を原告に返還するまでの間、原告が同物件の売却手続をしなかったことをもって義務を怠ったとは認められず、同(四)については、被告が特に原告の原告訴訟代理人への委任を妨げたとは認められず、また、被告は、引継ぎのための説明をする旨表明しており、原告訴訟代理人に対し、前件訴訟等の訴訟記録及び売却等のための資料類を引き渡し、原告訴訟代理人の照会についても、右抹消登記の理由及びその際の措置等について回答していたのであるから、事件の引継ぎにおいて、被告に弁護士としての義務に違反する行為があったとは認められない。
なお、右(一)については、証人柏原晃一は、本件和解では、本件各物件を第三者に売却することのみ想定されていたのであり、原告への所有権移転登記は想定されていなかったと供述するが、本件和解の文言、並びに、本件和解当時には小田原の物件及び東久留米の物件について国土法による届出が必要とされており、同届出には売主の委任状及び印鑑証明書の添付が必要とされたから、第三者への売却のみが想定されていたとすれば、本件和解成立時においてBから原告に交付されるべき委任状及び印鑑証明書は各三通ではなく、各五通とされるべきであったはずであること等に照らし、採用できない。
以上のとおり、被告が原告主張のような債務不履行行為や不法行為が行ったとは認められないから、その余の争点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。
第四結論
よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 中川正充)
物件目録<省略>